メキシコ「マヤッブログ」  

          スピリチュアル 未知の マヤ文明









































月26日[金」4:10分 
  米国ヒューストン空港に向けて成田から出発です

  シートベルトのサインが消えるとまもなくお菓子、飲み物、食事が

  お腹のすく暇も無く次々と出てきて....ほとんど頂ましたが.....

  飛行機に乗ったら、あれもやろう、これもやろうと、沢山準備を

  してきたのに、ほとんど出来ませんでした


  機内の電気が消えておやすみモードになり、周りでは寝ている人も

  増えてきたので、さて寝ようかなと目をつむりましたが、日本時間では

  PM 8時なので中々寝付けず、さりとて明かりをつけて本を

  読む気にもならず、なんとなく映画を見たりで、とうとう12時間、到着の

  案内が有るまで眠れませんでした。

  機内で配られたアメリカ入国カードと税関申告書に記入しヒューストン到着です.

  アメリカ入国審査で、機内で書いた米国入国カードと税関申告書を見せ、意外と

  スムースに通過できました。

  次のメキシコメリダ行きは、5時間後なのでゆっくりとゲートを探す事が出来ます。

  電光掲示板で、出発便を探していたら、空港の係りの方が近づいてきて、[大丈夫?]

  という感じで聞いてきました。英語だから多分そんな事でしょう。

  チケットを見せて日本語でこれですと指を差したら、彼は[オウ]といって、

  [ここを真っすぐに行って、突き当りを左に曲がり28番ゲートに行けば良いよ]と

  教えてくれました。もちろん英語で。

  サンキュウといってバイバイをしたら、[サヨウナラ]って日本語が返って来ました。

  親切な空港の方、有難うございました.

  さて、たっぷりと時間があるので、ゲートを確認した後は、トイレに行ったり、

  お土産やさんをぶらついたり、食事をしたり、ゆったりとした時間を過ごしました。

  いよいよマヤ行きの飛行機の時間になりました。

  機内では乗るとすぐに飲み物とクラッカーのような物が出てきて続けて、メキシコ

  入国カードと税関申告書が配られました。

  今回は税関申告書が英語で書いてあり、ちょっと解らないので、適当に書いて置きました。

  そんなこんなで2時間はアッいう間に過ぎメリダに到着しました。

  飛行機を降りると、又、入国カードと税関申告書を提出するのですが

  さっきいい加減に書いたので、前に並んでいたご年配の女性に、カードを見せて

  適当な英語で[これで良いですか?]と聞いてみました。ここに名前と、パスポート

  ナンバーを書き、日付を書くのよと教えてくれ、全部書ききれず順番が来たので

  そのまま出してしまいました。係りの人は様子を見ていたのかニコニコして「ok」

  って出国させてくれました。

  次は税関申告のゲートです。これもいい加減に書いたのを出したら、困った顔をして

  何か言っているのですが、解らないと日本語で言いましたら、ニコニコしながら

  一寸待っていてねとジェスチャーをしてどこかに行きました.

  しばらくすると何と日本語で書いてある申告書を持ってきてくれました・・・・ナーンダ、

  有るんじゃない・・・・すぐにすらすらと書き渡して無事通過。親切な皆さんどうも有難う

  ございました.

  無事メキシコに到着し、出口で小櫻さんがお迎えに来て下さっていました。

  始めまして。 到着3月26日金曜日 pm9:00

  ホテルに着くと一日だけのルームメイトの方が出迎えて下 さり、お話をしたり、バスに入っ
....
たりして11時頃ベットに入りました。
















1日目 3・27土曜日

  ルームメイトの「朝ですよー」の声で目が覚め「アッ、メキシコなんだ」と思いながら

  起きました。しっかり眠れてとても気持ちの良い眠りからの目覚めです。

  朝食は7時からでバイキング形式です。さすが老舗の四つ星ホテルで、美味しそうなお料理が
  沢山並び、南国らしくフルーツもフレッシュジュースも豊富に並んでいました。

....そこで初めて他のメンバー3人と顔をあわせ、楽しい朝食を終え、白い儀式用の服に着替え
  いよいよ出発です。陸路1時間半、カバー儀式センターへつきました。

  この遺跡は、マヤの言い伝えでは、アトランティスの時代に作られたそうです。

  石を何段も積み上げ、城壁のような物をつくり、その石には色々な彫刻がしてあり

  全て意味があるようです。太陽の位置でしたり、月日の流れであったり
....マヤの教えが刻まれていました。 

  .今はそれを読み取る事は出来ません。スペイン人の侵略により、それらを伝える長老を

  みな殺してしまったからです。スペイン人は先住民が怖かったのです。先住民が一致団結を

  されるのが怖くて、まず宗教を変えました。マヤの信仰は太陽神です。

...それをカトリック教にするために、長老を殺し、神殿や、まつりごとを司る神殿や、
  ピラミッドを壊し
,そこに自分達の教会を建てました。

  今でもこのメリダにはとてもりっぱな教会が沢山建っています

  これは皆ピラミッドが有った所で、その壊したがれきを教会の建造に使ったそうです。 

  言語もマヤ語は禁止で、全部スペイン語に変えるように、法律で決めました。

  今でも、まつりごとを行うピラミッドや神殿の前に集合する事は法律で禁止されています。

  未だに自分達が弱い為、マヤ人の団結が怖いのですね。

  しかし、現在では殆どが混血となり、宗教もカトリックに変わっています。

  そしてマヤ人の血が濃いほど貧困で、白人のスペイン人の血が濃いほど裕福な暮らしをしている

  そうです。

  次はラブナ儀式センターへ行き、遺跡の前で水にちなんだワークを行いました。

  とても広い広い敷地に、壊れかけた建造物が規律正しく建っています。そこにも、図、文字が

  刻まれています。何を伝えたいのでしょう。

。。昼食は素敵な半野外のレストランでのバイキングで、4時頃ホテルに戻り、8時までゆっくり

  して、それから皆で食事に行きました。他のメンバーは明日朝4時に出発のため、今晩でお別れです

  たった1日だけのセッションでしたが、前からの知り合いの様で、とても楽しい時間でした。

  又お会いしましょう。有難うございました。













2日目 3・28日曜日

  今日から3人になり、少し寂しいですが、中身の濃い経験になると思います。
   7時に朝食バイキングを頂いてから、9時に白い衣服に着替えて、アケ遺跡に向かいました。

  ここも観光客が殆ど来ない古代遺跡で、ピラミッドの高い石段を登り、柱だった、石を積み上げた

  一番上に行きました。ここは巨人の神殿とも言われ、それで一段一段の階段がとても高いのだ
  そうです。
 

  上からは、まつり事や教育をする為の、四角い広場が広がっているのが見えます。

  少し先の右手にも崩れたピラミッドが見え、前方にも少し見えています。

巨人の遺跡には柱の後でしょうか、四角い石が何本も積み上げられています。これに手を回し、
身体をつけているとなぜか穏やかな安堵感、優しさ、ぬくもりを感じまました。
もっとここにいたいと思いました。
こんな気持ちは初めてです。

近所の子供達や家族が遊びに来ていました。とても田舎の村で、遊園地やゲームも
無いのでしょう、コマを回して遊んでいました。

そう日本と同じ紐を巻きつけて遊ぶコマです。
子供達にジャパニーズコマといったらびっくりして、回して見せてくれました。

  帰り道、教会のミサが終わったようで沢山の人がゾロゾロ出出て来ました。
  マヤ人の色が濃いこの人たちも
教会に行っているのだと思うと何か複雑な感じがして来ました。

2時に昼食を食べてホテルに戻りました。こちらでは2時が昼食の時間なのです。
ちなみに夕食は9時頃軽く食べます。

  今日は日曜日なので、歩行者天国になり、露天も沢山でるそうなので、夜の町中を散策です。


  本当にお祭りのようで、公園では生演奏をして、大勢のカップルが踊っています
   
大勢の人だかりが有るので行ってみましたら、良く見えなくて、でも皆大笑いをして
  盛り上がっていました

  露天がすごく多く、民族衣装の白い服を売るお店が一番多く有りました。
  この人たちは自分達が住んでいる
森の中から、担いで持ってきて売っているそうです。

  買い物も終わり外にテーブルを出しているカフェテラスのような所で軽く食事をしていると

  小学生位の子供が近づいてきて、ガムを売りに来ました。隣のテーブルでは同じ年頃の子供が

  両親と楽しそうに食事をしているのに。とても衝撃的 でした。















3日目 3・29月曜日

  7時に朝食バイキング終了後、白の衣服に着替えてツィビルチャルトゥン儀式センターに
  行きました。

  ここはとても有名な遺跡で、駐車場には6台位の大型バスが止まり、他に乗用車が沢山止
  まっていました。


  広い遺跡の敷地ですが多くの人が色々なガイドさんに引きつられて説明を受けていました

  隕石が落ちて水が湧き出ているところがあり、水が澄んでいてハスの花が咲きとてもきれいでした。

  そこに何人かの若者達が次々飛び込んで大騒ぎをしていました。

  そこの場所は石の上に座り、希望を書くと叶うといわれています。

  (聖地チビル チャル トゥン・・・・・・石の上で書く)

  さっそく、手帳を出して、書いてみました。

    1)一人でも多くの方に気づきが体験出来ますように

    2)・・・・・内緒・・・・

  白い光の道「サくべ」でのワーク。7つのパワーの神殿で風のワークを行いました。

  その後カリブ海のビーチで昼食を取りました。水着を持ってきて泳ごうとしたのですが

  その日は寒くて、水に入れませんでした・・・・・残念。


  海岸には色々な物売りのひとがいて、

  皆担いで売り歩いています。それは洋服だったり、アクセサリーだったり、デザートだったり、

  わたあめだったり、面白いのはハンモックも売り歩いていました。

  砂浜を少し散歩して帰りました。


PM8:30頃マヤ先住民の長老フンバツ メンが見えて、お話をして下さいました

  (全然解りませんでしたが、後で説明してもらいました

  それから軽くホテルで食事をリゾットのような物で済ませました。



















4日目 3・30 火曜日

  美味しい朝食後、マヤンコミニティー「ロベル」へ行きます。ここはマヤ先住民の
  長老フンバツ メンとこのツアーを遂行して頂いている、小櫻ご夫婦とが運営する素敵な
  コミニケーションセンターです。

  まだ、建設中の宿泊施設や、ピラミッド建設予定地や、果樹園やら、儀式を行ったりマヤの
  楽器を奏で宇宙と繋がるコズミック・ダンス等を行う広場でのワークなど、沢山の経験をさせて
  頂きました。

  午後からは、キ’ニチカクム儀式センターに向かいます。

  ここは、ユタカン半島で、一番大きなピラミッドが2対有るところで、一つのピラミッドを
  壊して巨大教会に作り変えてしまいました。壁は黄色に塗られ、ユタカン半島1のきれいな
  教会としても有名です
.

  もう一つの、残りのピラミットに行きましたがかなり壊されていましたが、上ってみる事に
  しました。石段の幅がが大きく、ここも巨人のピラミッドと呼ばれています。

ちょっと足元の悪いところは有りましたが、意外とスムースにあがれました。上に上がると

   「ウアー」360度の展開です。周りがぐるりと見えて確かに地球は丸い・・・・・・・・・

  こんな素晴らしい景色は初めてです。しばらく感動で言葉も出ず、その後大騒ぎ・・・・・・

  その後昼食をとり、満月の儀式を行うためロルベに戻りました。

  月の出にあわせてワークを行い、楽器を鳴らしたり、マヤダンスをしたりしました.

  太陽の沈むところはとても神秘的で、皆で手をかざし、力強いエネルギーを受け取りました。

  9時ごろホテルに戻り、今日は外に出ずそこで別れました。

  家から持って来たカップラーメンがやっと役に立ちます。オイシイ〜・・・・・・

  ネットが繋がらないので、フロントに行き、インターネットをやりたいのだけどと話したら,ここは   ランが繋がっているのでそこのテーブルでやるといいよと教えてくれました。
  もちろんスペイン語なので、かってな想像です・・・笑い

  そのテーブルに座り、接続を待っている間、昨日までなぜだか繋がらなかった設定をいじって、
  又、見えない存在にお願いしました「私は今ネットをしたいのです。繋がる事を信じています」
  と
、すると、繋がりました。

  有難うございました。

  さっそくオフィスにメッセンジャーを通じて画像と声を送りました。テレビ電話ですね。
  しかし、退席中になっていて繋がりません(悲し)

  友人とも同じ設定をして有るので、そちらに画像、メッセージを送りました。

  友人はキャッチしてくれて、無事テレビ電話が出来ました。
  
  マヤは
pm11:30 日本は2:30頃明日、又送ってみます。















5日目 3・3
1日水曜日 朝食後ウシュマル儀式センタセンターへ行きます。

  ここは世界遺産にもなり、とても有名なところです。

  目の前に聳え立つ巨大ピラミット。その裏、横に点在する儀式センター。とても美しい所でした。

  女性の聖地といわれているのもうなずけます。

 

  壁になる石には色々な彫り物がして有りました。この彫り物は一つ一つ後世に伝える為のメッセージ ////になって」います。

  今や数少なくなった登れるピラミットなので、ものすごい急勾配でしたが、登ってみました。

  上には祭壇のようなものがあり、美しい彫り物の石で飾られていました。

  これらの石を読み解く神官が全て殺されてしまったので今ではこの意味はだれもわかりません。

  

  この儀式センターはマヤの時代の子供達の性教育の学校のような所でした

  子供達がうまれると、7歳までは親の所ではなく男女の区別無く、コミニュティー・・
  みんなで育てます。


  7歳から、儀式センターで男女別れて性教育を受けますがそれと同時に

  7歳になると男の子はお父さんの教育を受け、女の子はお母さんの教育を受けます。

14歳になると儀式センターでの女の子の教育は終わりますが、男の子はその後17歳まで
理論教育等を受けます。17歳になり、理論を全て教わった男の子は神官から、実技の手ほどきを受けます。

  そして、性というものはに隠れている物ではなく、人間として素晴らしい営みなのだという事を

  しっかりと教育する場が古代マヤの時代に有ったという事です。

  私が説明を受けているのはマヤ先住民の長老フンバツ メンの直伝のマヤの社会と性教育の話です。

  これらの説明を受けている時、大勢の観光客がマヤ人のガイドに説明を受けていましたが、それは

  事実とは大きくかけ離れて、ここで神のためにいけにえが行われたと話しているのだそうです。

  スペイン人はマヤの教育をする神官を一人残らず全て殺し、性教育を完全に途絶えさせて
  しまいました。

そしてその場であるピラミットをこわし、スペイン人の正当化を示すために、いけにえ伝説をこしらえたのです。

  次は数少ない登れるピラミットに行きました。急勾配の聳え立つような階段を登っていき、
  一番上に立つと

  眺めもよかったのですが、壁になっている石に刻まれている模様は、とても素晴らしかったです。

  これが一つ一つ意味があり、何かを教えているのでしょう。

  その後ピラミットをこわして作った教会へ行ってきました。ユタ半島で一番きれいな教会
  というだけの事は
有って、広々とした綺麗な教会でした。が複雑な気持ちでした。

  ホテルに戻り、一休みしていると、マヤ先住民の長老フンバツ メンが8時頃見えるという事で、

  お待ちして、お話を伺いました。

  例によって、何を話しているか解りませんでしたが、明日

  行く所と関係が有るので、話に来たそうです。

  9時ごろ終わり、町に出て、お土産を買ったり、夕食の代わりに美味しいココアを飲んで戻りました
















6日目 4・1日木曜日

  7時に最後になる朝食をいただきまました。「アーこの美味しい、果物と豊富なジュースもこれで

  終わりかー」殆ど果物とジュースの朝食でした。美味しかったです。有難うございました。

  

  さて今日は日本でも有名な分の日の蛇の降臨のピラミット「チチエン・イツツア」儀式センター

  へ行きます。陸路2時間で着いて驚いたのは、人の多い事。やっぱり世界遺産に指定されたから

  でしょうね。

  それより驚いたのは、明後日の3日に ELTON JOHN がこのピラミットの前で歌うのだということ ....大掛かりな舞台装置をこしらえていて、ロープが張られそばに近づく事が出来ません。

  ピラミットの前に金属の人口的な装置は全然にあわず、見たくない、悲しい感じになりました。

  大勢の、多分マヤ人でしょう労働者が沢山ロープの中に入り仕事をしていました.

  後で聞いた話ですが、その舞台装置が昨日急に壊れてしまって今日あわてて修復をしているそうです

  それは、工事をする前に、ここでやらせてくださいと、許しを得なかったからだという事です。

  私達でさえ、どんな儀式センター、遺跡やピラミットの前で必ずこれから中に入らせて頂く

  許しを得ます。そして帰る時は、感謝の気持ちで有難うございますといって帰ります。

  この情報を教えてくれたマヤ人は「私達はスピリットは見えないが、スピリットは全て見えている」

  といっていました。とても深い言葉でした。

  昼食は又、素敵なレストランでバイキングでした

   その後神秘的な水の聖地「ツイヌブ洞窟セノーテへ行きます。ここにもお土産やさんが並んでいて

  子供が、日本語でココナッツ美味しいよと呼び込みをしていました。日本人も多いのですね。

  洞窟の地下への階段を下がって行くと気温が急に下がり、それと同時に湿気をかんじまました。

  地下水が湧き出している所は大きな池のようで大勢の人が泳いでいました、

  水が澄んでお魚が泳いでいるのも良く見えました。

  その後1.5時間ぐらいでホテルに戻り、明日の出発の準備をします。

  あしたは3時起きで4時出発です。

  もう11時を過ぎましたので、現地でのブログはこれで終了します.

   お休みなさい。(-_-)zzz

7日目 4・2日金曜日

  朝は3時にモーニングコールをおねがいしていましたが、3時前に目が覚めてしまいましたので

  トランクに荷物を詰めはじめました。昨日の夕食はドライフードのぞうすいだけだったので、

  お腹がすきました(朝の3時ですよ・・・・)

  4時にトランクをひっぱりながらフロントに下りると小櫻ご夫婦が待っていてくださいました。

  こんなに朝早くから有難うございます。

  ご夫婦とはここでお別れをして、タクシーで一人で空港へ行くのだと思っていましたら

  空港まで来ていただけるという事で(ヤッター)実は少しは心細かったのです。

  空港に着くと搭乗の手続きをし、最後の所まで、お見送りをして頂きました。

  曲がる所で振り向くと両手を上に上げ、見えなくなると体を横にして大きく手をふって

  くれていました。

  うれしくて、こちらも思わず投げキッス(見えなかったと思うけど)をしてしまいました。

  とても暖かい、そして大きな愛を有難うございました。

  無事、ゲート内に入り、後は搭乗するだけでしたが、お腹がすいて、のどが渇いていたのですが、ま////売店が開いていませんでした。1時間位で飛行機に乗り込み、座るとまもなくサンドイッチと飲み /// 物が来ました。ヨカッタ・・・・・

  食べ終わるとすぐにアメリカの入国カードと税関申告書が配られました。

  ジャパニーズといってカードをもらいましたが「ウッ!日本語ではない」
  ジャパニーズといったのに
(-_-;)

  何度書いてもなれないなー。とりあえず、なんとか書き終わりヤレヤレと思っていたらもう
  到着の案内です。

そのまま乗換えをするので、ゾロゾロと歩いている皆のあとを着いていき、
出国カードを提出するゲートに並びました。

  並んでいる間に係りの人にこれでいいですか?と見せましたら、何かいいながら、ここも駄目、
  ここも駄目
と沢山マーカーで印をつけられました。
  そんな事いったって何を書けばいいか解らない
(-_-;)

  とりあえず、こんな事だろうと書き込むと、何とゲートはすんなり通過(^^

  後は、日本行きの飛行機を探すのですが、途中で係りの方がどこへ行きますかといわれたので

  ジャパニーズと答えましたら、少しはなれた所から、日本語で
  「時間が有りませんので急いで下さい!」
と声が聞こえました。

  そんな事いったって、トイレに行きたい、サンドイッチでも買いたいし、水も買いたいし・・・・

  急いでゲートを探すと最後の案内の放送があり、急いで機内に乗り込みました。

  中は、もう人で一杯でぎりぎりでした。席を見つけ、やれやれほっとし、とりあえずトイレに直行。

  座るとまもなく、出発で、喉が渇いたなーと思っていると飲み物とスナックが配られました。

  その後すぐに食事、飲み物が出てきて、心配する事はありませんでした.

  日本まで約13時間。朝の3時におきていたのですが、眠くなく帰りは本を読んだり、映画を見たり

  リラックスして愉しみながら過ごしました。

  こんな自由時間はなかなか無いので十分に愉しんでいましたら、私としてはあっという間の
   13
時間でした。
  (変な話しですがこの間、便が
2回出ました・・・普通便秘になるのにね、有難うございます)

  帰りはバスで大宮に出て、無事帰宅できました。有難うございました。

  明日は新宿に出て、気孔の勉強がありますので10:00に寝ました。

  長い文章を最後まで読んで頂まして有難うございました。

  勉強できた事を皆様と分かち合いたいと思います。

      後述


マヤで学んだ事はとても多くありました。個人の事、宇宙の事、アトランティスの事、プレアデスの 事、スピチュアル講習会でお伝えしている事、これからお伝えする事が、古代文明マヤで、すべてのマ ヤ人が子供の頃に教育され、それを口述で伝承され、後世に伝えるために壁画として残しておいた。と言う事が確認出来ました。

又本文では書ききれていませんが性の教育は陰のものではなく、とてもすごく、大切な事で、マヤの教えのような教育を子供の頃からされていれば現代の悲惨な出来事はなくなっているのではないでしょうかと思いました。



                                     知られざるマヤ

マヤの言葉「イン・ラケ’ッチ!」  (2010会報より)

  マヤの挨拶に「イン・ラケッチ!」という言葉があります。

  それは「あなたは私。私はあなた!」という意味です。これはとても深い意味があり

  その言葉通り、あなたと私は同じですよ。という意味です。

  私たちの身体に魂が有るというのは何となく認識しているのではないでしょうか。


そんな気がするとか、予感とか良心の呵責とか、何か助けてもらいたい時に「神様お願いー」と言ったり、困った時にフッと助けられたり、そんな体験は皆さん経験していると思います。
これは理屈ではなく証明できるものでもありません。


肉体には臓器があり毎日生存していますが「そんな気がする」を造り出している臓器は有りません。ではどこから「そんな気がする」を受け取っているのでしょうか?


それはレントゲンで身体中探しても見えない「魂」から発しられているのです。


又「魂」は身体の中にあるものと思っていますが「魂」は逆に身体を包んでいるのです。
皆さんの認識の中では「オーラ」と呼ばれるものが一番近いでしょう。


身体に一番近い「オーラ」はとても密度が濃いのですが身体から離れてくると密度はだんだん薄くなります。一人ひとり必ず「オーラ」を持ち、それは途切れるものではなく果てしなく大きく広がっています。私の「オーラ」とあなたの「オーラ」は分かれているのではなく、端の方でつながっているのです。

 


たとえ話で、ここに1件の家が有ります。すべての部屋に空気があります。空気としては同じものです。しかし同じ空気でも、キッチンは食べ物の匂いがする空気です。

そのキッチンの匂いがする空気を凝縮した魂だとします。キッチンから離れるとその匂いは薄くなります。居間に行くと居間の匂いの空気があり玄関に行けば又違う空気の匂いです。トイレにも、子供部屋にも寝室にも、違う匂いの空気があります。しかし、空気は空気ですべてつながり、居間の空気とキッチンの空気とは別れていません。

 


私の「オーラ」も同じです。あなたのオーラと繋がっているのです。空気に切れ目が無いように、「オーラ」も切れ目はないのです。あなたと私はつながっているのです。つまり、あなたと私は一つなのです。


つまり、同じという事ですから、あなたにしてあげる事は、私にする事になります。
私がしてほしいことはあなたにしてあげれば私にしたことになります。


こんな素晴らしい宇宙の真理があるのですから自分が欲しい物、自分にして欲しい事をあなたにしてあげればいいのです。そして、お返しは7倍にもなります。そしてもっと驚く事は、創造主とも「あなたは私。私はあなた!」なのです。この話はとても長くなるので次回に譲りますが、「イン・ラケッチ!」がマヤの古代文明から理解されていたという事はなんて素晴らしいのでしょう。「イン・ラケッチ!」


マヤ文明について(2010会報より)

  マヤ地域は、メキシコ南東部のユカタン半島を含む中米5カ国にまたがる密林と亜熱帯に位置し、考古学的には紀元前2000年に発生したとあり、8世紀頃から徐々に衰退し、滅亡或いは忽然と消滅したと考えられています。

 

しかし、一般的な「マヤ文明」の情報はスペイン人がマヤの地を植民地にした16世紀に作られた書物がその元となっています。しかし、秘密にされたまま口伝で守り伝えられて来た、先住民による「伝統的なマヤ文明」の情報は遥か古代から存在し続けているのです。

 

初めてスペイン人がマヤに来た時、裸同然の野蛮人が、美しく洗練されたピラミッドを造り、独自の社会システムを持って生活している民族であるとは思えませんでした。

 

マヤの持つ思想、宗教、美しい文化そのものが悪魔の教えに思え、敵視するようになり、力ずくで土地や部族の分断、言語や思想の弾圧、策略等によってマヤの社会や文化は徹底的に破壊されました。

 

現代もなおマヤ人への圧政と弾圧は続いています。現代のメキシコ人は2割の白人、7割の先住民と白人の混血、そして1割の密林や山に住む生粋の先住民に分けられており、政治や経済は一部の特権階級の人々が優位な権限を持っているからです。

 

現代のマヤ人は、弾圧された過去の為知っていても多くを語ろうとしません。侵略以降に塗り替えられた事で有っても、一般のマヤ人は「いけにえ」の習慣があった事を信じ「マヤ人としての誇り」を失っています。

 

そんな状況を危惧する僅かな人々は真実のマヤの教えや伝統を何世紀にも渡って受け継いできた家系の末裔たちです。

マヤ先住民の長フンバツ メンもその一人になります。

 

マヤの教えの一部

人間には犬や猫、牛や馬・・・等の兄弟姉妹に対する大きな責任があります。

人間はすべての生命を守り慈しむためにこの世に送られてきた存在なのです。

 

そればかりか、宇宙の為になる大きな責任を果たす為に送られてきた存在なのです。他の星や惑星にも兄弟姉妹がいる事を忘れてはいけません。

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