「アロマ介護」  お母さん。もう天国に着きましたか?


    まだ薬の無い古い時代、人々は薬用植物で病気を癒していました。

   だんだんと西洋医学が発達をしてきて、いつの間にか植物のエネルギーを忘れてしまいました。

 しかし現代になり、再び植物の働きが見直されてきています。 

    薬用植物ハーブの抽出液を精油と言います。精油の精は精霊の精です。

   ハーブには精霊のエネルギーが詰まっています。
    アロマテラピーとは精油を使い心と身体を整える楽しみ方の事を言います。              

    植物は古い時代から現代まで、人々がこの世に生を受けた時からこの世の

 務めを終わる時までずっと変わらず人々の為に癒しを与えてくれています。

 母の介護にアロマテラピーを使えて幸せでした。有り難うございます。

9月6日 
  ある日突然やってきた。

  
今年の夏は異常に暑く、熱中症で亡くなる方が多いと報道されている。

    母も気にしていて、水は飲むようにして寝る時も弱い冷房をかけている。 
                                                        
....7時なると何時ものように朝食を摂る為に
2階から降りてきたが、今日はなんか変だ。

    気持ちが悪い、食欲がないと言いテーブルに顔を伏せてしまった。あんなに楽しみにしている。


    ディサービスも休みたいといったので、これはかなり悪いなと思い、病院に行く?と聞いたら   
  
行くと言うのでかかりつけの病院に電話をして、連れて行った。

    電話をしておいたので、着くとすぐベットに寝かせてくれて色々検査をした所

    軽い熱中症だという事で、念のために明日詳しい検査をしましょう。

  1晩泊って下さいね。という事で、母を置いてひとまず私は家に帰った。


  翌日病院に行くと母は昨日の事は嘘のように、元気でけろっとしていて、

 病院のご飯は美味しくないねーと言っていた。

 しかし、先生のお話では軽い脳梗塞も起こしているので少し入院をして

 血液がサラサラになる薬を点滴しましょうという事だった。

 そういえば前の年の1月3日、テーブルにつかまり、
立っていた時突然
 カーペットにヘナヘナ と倒れてしまい
その 時初めての軽い脳梗塞を起こしたことがあるのを思い出した。

 野菜が苦手でお肉が大好きな母でしたが、この時から自覚してなるべく野菜も食べるようにし
  ていたのに
ついにこの時が来てしまった。

  数日間入院していて病状も安定していたので、仕事の打ち合わせの為に都内まで出かけた所

  病院から寝ている時に又脳梗塞を起こしたのですぐに来てほしいという連絡が携帯に入った。

 「すぐ行かなければいけませんか?」と聞いた所

 「今なら意識があります」えっそんなに悪いの?

 長野にいる弟にも連絡したようでしたが、来るまで3~4時間かかるので


  とりあえず仕事は中断し急ぎ病院に向かった。

着いた時には意識も戻り、少しずつ回復してきていたが左半身はまひし、まだしゃべる事が

 出来ない状態だった。

「入院中に起こしたので命は助かったけど自宅だったらだめだったよー」と先生に言われた。

9月14日~10月1日

  話が出来ないのでノートとペンで筆談する事にしました。

 筆談と言っても字に力がなく、殆ど何が書いてあるのか解らないが、その中で
 
 「わたしは何日に死ぬ事が出来るのですか?」

「私の逃げ出すところ・・・・・・・・・」

「一生ここで・・・・・・・・・・・・・と言われたの」

「殺して・・・・」

「おにぎり・お茶」

「テレビ消して下さい」

 沢山喋りたいのでしょうか?ここまで書くのがせいいっぱいのようだ。

  お風呂に入れない為に身体を拭いてもらう事になり洗面器等のお湯の中にラベーンダーの精油を

  2滴くらい
垂らして下さいとお願した。そうすると垢が取れてくるのだ。

 宜しくお願い致します。


 10月5日
  「お早うー」何時ものように声をかけて母の病室に入っていった。

「アレ!」寝ているのかな?

返事がないので「お母さん!お早う!」と身体をゆすったが、全然反応なし。

呼吸をしているか手を当ててみたが呼吸はしている、よかった。

体温もあるので安心したが、何回ゆり起しても目を開けない。

  看護師さん達があわただしく出入りをしている。

寝ている時に、脳梗塞を起こしたので脳のスキャンをとり、調べると言われた。

その内に意識は何とか戻ったので、心残りだが浦和のスクールに行った。

スクール中も電話を気にしていたが、夕方まで無かったので少し安心し

終わってから急いで母の元へ行った。

母の身体には、点滴や、吸入器や色々な管が付けられていた。

「お母さん、聞こえたら手を動かして」というと右の指が少し動く。

何回やっても指は反応するので、聞こえているのだなと思った。
        

10月6日
  「お早うー」と今日も元気よく病室に入ると昨日とは大違いで

     何と目を開けて、一人でしゃべっているではないか。

「お母さん、しゃべれるの?良かったねー」と話しかけたのだが、何かがおかしい。

「私誰だかわかる?」と聞くとウンウンとうなずいている。

 解っているのではなくただうなずいているという感じだ。

 とても穏やかな顔になって・・・・それは良かった。


   夕方「お母さんー」と言って病室に入ると、また一人で一生懸命しゃべっている。

 「早く行きましょう」とさかんに言って、私を見たり、空中を見たり、上に向かって

   話しかけていた。
「サー行きましょう。お願いします。」「嬉しいねー、さそってくれて」

 「有りがたいねー」「寒いねー今日は」・・・今日は少しも寒くありません。

   今、違う母がいる。つらさも、苦しさもない、穏やかな母がいる。

 何時までもそばにいたいのだけど、今日は帰るね。


10月7日
  今日は横浜に早朝から出かけたので、朝は行けなかった。

 夕方5時ごろ、来てみると、とても元気で驚いた。

 「お母さんどおー?私は誰でしょう?」と聞くと「久美子じゃないの」

 と答えが返ってきました。すごい!良くなっている!

 色々話が出来、ずいぶんしっかりしてきた。良かった!

  でも時々変な事を言って「一緒に死のうと言う人がいたので私はいやだと言ったの」


とも話していた。


10月8日
  天気良し。

部屋に入ると、上を指さし盛んに何かしゃべっていた。

「おハヨー」というと手を出して「会いたかったー」と言い、すがりついてきた。

「久美子には世話になったねー」

「有り難う。私も生きていてもしょうがないから死ぬから。久美子も元気でね」

と一生懸命しゃべっている。そんな母に「ウン、ウンそうだね。頑張ったからね」

手をさすりながら話をした。今日で3日食事はとっていない。


  あめが食べたいとさかんに言って「明日あめが食べられる?」と聞いてきた。

錠剤は、誤飲の恐れがある為ゼリーオブラートを買ってきて下さいと言われたので

フルーツ味のゼリーゼリーオブラートで食べようね、というと、とても嬉しそうな顔をした。

  17時頃部屋に入って行くと嬉しそうな顔をして迎えてくれた。

「仕事終わったの?帰るよ東京に。私死にたくないんだけどねー」

「ここに何しに来たの?」「お母さんの顔を見に来たんだよ」

「嬉しいわ。久美子嬉しいわ。お弁当を食べながらお茶を飲もう?

食べようお団子、食べよう」

「食べようねー」と言うと、嬉しそうにうなずいた。

足をマッサージをしたら「気持ちいいー」といて眠ってしまった。


 10月9日
  「お早うー」と入って行くとベットにテーブルがセッティングしてあり、とろみ茶が

   置いてある
昨日の昼から食事が出るようになったのだ。

  「お母さん朝ご飯食べたの?」首をかしげて、忘れた様子。


  母の大好きなあんずジャムをトロトロにして持ってきたので口に入れてあげると

  「美味しい、おいしい」と喜んでいた。・・・・先生に許可は取っていないが

「私はどうすればいいの?久美子は私が死んだ方がいいんだよね」一人でつぶやいた。

母はこんなつらい事を考えているんだね。「大丈夫だよ」母の足をマッサージをした。

17時 

部屋に入ると両手を出して「私どうすればいいの?」と聞いてきた。

頭がしっかりしてきたので、この状態が耐えられないのだろうと思う。

  そのうち泣き顔になり、涙が出ないが悲しい顔で「エーン・エーン」と泣き出した。

赤ちゃんみたいで可愛い! 「ジャムを食べる?」「ウン」でも食べ終わると又、

  泣き顔をする。
まだ母はこの世にやる事が残っているんだね。ガンバレー


 10月10日
  プレーヤーを持っていき、いつも聞いている民謡のCDを掛けた。

枕元に置くと目をつむり、穏やかな顔になり聞いていた。

  目を開けて「有り難うね」と言ったので「何が?」と聞いたら

「来てくれてありがとうね」「毎日来ているじゃないの」「有り難うね」

今日は言葉がはっきり喋れないみたい。

  ラベンダーを一滴枕に垂らした。又目をつむって民謡を聞いているみたいなので、

  今日は部屋を出た。

 
 16時 

顔を見ると泣き顔になった「さみしーよー。さみしいよー。弱くなったのでさみしいよー」

民謡かけようかとCDをつけたが、「聞きたくない」と言ったので止めてアロマライトを付けた

  ラベーンダーとグレープフルーツの香りが部屋に広がった。

グレプフルーツは、免疫を高めてくれるので、家では何時もたいていた香りなので

    さみしくないかな?

10月11日
  晴れ

   「お早よー」声をかけるとにっこりと笑った。今日は静かで朝食も2/3位食べたようだ。

「起きれるようになって家に帰ろうね」「そうね、座れるようになろうね」

  ラジオを付けるとだまって聞いていた。


  ラベンダーオイルを指さして「匂いの」というので「ラベンダー?」と聞くと

「ウン」というのでラベンダーを手に垂らして両手をもんで上げた。

その手で、顔をこすると「いい香りだねー」と言って目をつむっていた。


 10月12日 

 9時  

今日は良く眠っていた。「おハヨー」と声をかけると目を覚ました。

食事もほとんど食べて、美味しかったと言っていた。今日は穏やかだ。
  
  「寿子元気でいるの?」
「うん元気だよ」「そおー」「久美子は元気だねー」

「うん元気だよ」「幸せだねー」「そうだねー」

  寿子とは妹の事で、3年前の1月3日突然死をして、母にはとてもつらい出来事だったが

その事は忘れたようだ。

悲しい事は思い出さないように、あえて言わないでいた。

  テレビの横に置いてあるものを指さして「あれはお菓子?あんこ?」と聞いたので

「あんこ食べたいの?」と聞くと「ウン」と言ったので、冷蔵庫にある

  あんずジャムをスプーンであげた。

「美味しいねー」と何回も言って、嬉しそうに食べていた。

  「夕方に水ようかん持ってくるね」と言うと嬉しそうな顔をした。

左足(甲)がむくんでいるので、夕方にむくみ用のオイルを持って来てマッサージしよう。

乾燥して足の皮膚がめくれ上がっていたので、オイルはサイプレスとジュニパーと
    
    保湿も兼ねてカモミールを入れた。

 17時

「お母さーん。あんこ持って来たからね」というと、とてもうれしそうな顔をして

口に入れると「甘いの美味しいね、美味しいね」と言って口の中で溶かして食べていた。

「あんこは美味しいねー」と何時までも口の中でぺちゃぺちゃしていた。良かったねー
  「寿子は元気なの?」

「ウン元気だよ」

「それは有りがたいねー」

「まさか久美子が来てくれるなんて思わなかったからびっくりしちゃったよー」

「そおー?びっくりしちゃった?」

院長先生がみえて「この人は不死身だねー」と言っていた。


 10月13日 

  9時

今日は情けない顔をして迎えてくれた。

   「2階に行こうよ。2階に行こうよ」というので(自分の部屋の2階に行きたいのだろうか?)

「ここは2階だよ」というと「うんうん」とうれしそうな顔をした。

 17時

 「早いじゃない」「夕方だよ」「うんうん」「わたしもそろそろ自殺しようと思うの」

「ウンそうなんだ」「何か甘い物ない?」

「そうだ水ようかんあるよ。食べようか?」「うんうん」

口に入れると、とてもうれしそうな顔をしてぺちゃぺちゃ食べていた。

「もう少し食べる?」「美味しいね」「甘くておいしいね」「昨日は何も食べていないの」

「うんそうなんだ」「甘くておいしいね」(食事はしたそうです)

  「私も久美子の邪魔にならないようにしようと思うのよ」

「隆仕事ちゃんとやっている?」隆とは弟の事だが何時も心配していた。

  「アー美味しかった。何も食べていないから」

「ここにご飯を持って来てくれるの?」「うんそうだよ」

「お水ちょうだい」「水差しがあるからこれで飲もうか?」

水を飲んだ後、「アー極楽だ、アー幸せ」

「久美子の顔を見たし、これで寿子がいればね。寿子元気なの?」「元気だよ」

「足がむくんでいるからマッサージしようね」「昨日マッサージしたから少し引いているよ」

「アーソー」「くるぶしの所がとくに引いているよ」「ソー有りがたいねー」

「寿子と旅行に行こうよ。値段の高い所でなくていいから、お弁当を持って行こうよ」

「うんそうだね、行こうね」話をしているうちに寝てしまったので、帰る事にした。

10月14日

「お早よー」今日は食事が終わったばかりなのかベットに座っていた。

目をつむって何か情けない顔をしていた

「良かった、まさか久美子が来てくれるなんて思わなかった」

「そーおー?」「どうしてここが分ったの?」「だって毎日来ているもん」

今朝は、お粥もおかずも余り食べなかったようだ。「ここの人はみんないい人だね」

「うん良かったね」「思いがけず久美子が来たからびっくりしちゃった」

「あんこ食べたい」「あんこ食べる?」「沢山いらないから」

「じゃ、あんこ出してあげるね」「美味しいねー」と食べていました。


  「ここはどこ?」「共済病院だよ」目をまん丸くして「あーそー共済病院?」

「久美子は毎日来ているの?」「お母さんに会いに毎日来ているよ」

「あーそー」「良くここに入れたね」「良かった」「寿子どうしてる?」



「元気だよ」「たまには会いに来てほしいな」「隆は男だからいいんだけど」

  「足のむくみがかなり取れてきたから、又マッサージしようね。

  すごいねーあんなにむくんでいたのに、
精油に有り難うだわ」

    「もう帰っていいよ。久美子に会えるなんて思わなかった」

10月15日  

  9時

  「おはよー」

「ここ知らないところだけど私はここで何をしているの」

「脳梗塞で倒れたから点滴をしているの」「アーソー」

「久美子身体元気?」「元気だよ」「元気が一番だねー」「わたしこれからどうするの?」

「ここで病気を治してからリハビリしようね」「そおー」

  「しばらくここで休ませてくれるかしら?」

「そーよ、休ませてくれるよ」

  足の甲に点滴の針が入っているからか又足がむくんできた。

    「又足がむくんできたからマッサージしようね」

  オイルを付けて
静かに静かに、甲にたまっている水分を足首の後ろのアキレス腱に流し込んだ。

    次第にむくみが取れて、むくんでいた部分はへこんできた。良かった!

17時 
  「早く外に出て色々やりたいねー」「じゃあ元気になってやろうね」「ウン」

「ご飯どこで食べるの?食べるところがないねー」

「ここに持って来てくれるからここで食べるんだよ」

    「アーソー」昼食は一口しか食べなかったそうだ「今日はもう来ないの?」

「うん、もう夕方だからね、明日来るよ」

10月16日  9時
   「おはよー」と部屋に入って行ったら、良く寝ていた。何回か声をかけると、少し目を開けて

「ウン、ウン」とうなずいたが、又、目をつむってしまう。今日は何も話せなかった。

   手を握ると少し冷たかった。今日は少し暑いのだけど。

今は痛みも、心の苦しみもないのだろうなー、ある意味良かった。

 16時 
   「寿子が来ていないけどどうかした?」「寿子の事忘れちゃった?もう3回忌やったよ」

「アー、ソーソー」・・・思い出したのか、忘れたのか?何の反応も無かった。

   「昨日隆と一緒に行ったの」「どこに行ったの?」「法事に行ったの」

「今、隆は寝泊まりはどこなの?」「長野だよ」「へー」

   「今日美容院に行って綺麗にしてきたよ」「ソー良かったね」

「今晩食事に行こうか?」「そうだね、行こうか」

母は外食が大好きで月に1~2回は 「今晩食事に行こうか?」と言って一緒に出かけていた
   
   「わたし顔にクリームが欲しい、安物でいいから」

「うんわかった、明日持ってきてあげるね」


 10月17日 

  10時

   今日は病室の床のワックスがけなどをするので部屋が変わっていて、

   いつもは個室で一人だが
大勢の人と、一緒だった。

 殆どの方が寝ていて、ここはいやだ、早く部屋に帰りたいと言っていた。母が一番元気そうだ

    18時
   「昨日寿子が大勢の人と来たよ」食事はほとんど食べていない。


 10月18日  
   8時

   丁度食事が終わった所だった。ほとんど食べていた。元気に見えた。

「ここは皆いい人だね」「ウン、良かったね」

   「何時も顔に塗っているアロマオイル持ってきたからね。若返り肌だよ」

「顔がガサガサだから塗ろうね」「いい匂いだねー」「手も塗っておこうね」

  17時
   「良かったー、おなかがすいたし、暗くなるからどこかに行っちゃったのかと思った、

    良かったー」

「お弁当用意するの?帰ろうー帰ろうー、良かった、途中で食べてもいいじゃない?」

「あの人はまだ帰ってきてないの。良かった、一人で帰っちゃおうかなーと思ったけど

   帰れないし」


   「ここは共済病院だよ」目をまん丸くして「エー共済病院なのー? ソー良かった」

「民謡の先生からお手紙頂いたから読んであげるね」

 嬉しそうに眼をつむりながら聞いていた。


10月19日  

  20時

   お薬のせいなのか、口の中が白い物でいっぱいになっていた。

(後から聞いたらカビだそうだ。食べないので唾液が出ないた為にできるとの事)  

看護師さんが口の中をきれいにしてくれて「気持ち悪い」を連発していた。

外に行きたいと言うので、窓を開けたら「アー気持ちが良い。良かった」と言っていた。

   顔に眼やにが沢山付いていたので、顔を拭いてアロマオイルを付けた。

「綺麗になったよ。美人になったよ」というとニコッとして喜んでいた。

   空中に向かって大きな声で叫び「イヤイヤ」と言いながら手でばってんをして、

   大きな声で唸っていた。

そのうち拝んで「お願します」と言っていた。

  17時
   「まだあの世に行けなくて、生きてていいかしら?久美子に気の毒で」

「生きてていいよ」

「ごめんね生きていて、アー嬉しいね。有り難う。おなかがすいた」


10月20日  

  9時

   「おはよー、ごはん食べたのね」「こんなところに連れてこられて」

  「ここは病院だよ。ここにこれてよかったね」「良かった、久美子が来てくれて」

  「たまには来れるの?」「毎日来ているよ、朝と夕方」「エー?」「お金かかるでしょう?」

     「丈夫だよ心配しなくて」「たまには会えるのね、良かった」

   「毎日来ているよ」「良かった」「トイレはどこにあるの?」

     「トイレは行かなくていいんだよ。カテーテルの管が入っているから」

   「今度いつ来るの?」「3時頃又来るね」「アー良かった」

「今度いつ来るの?」「3時頃来るよ」「あめを持ってきて」

「ウン分かった。あめ持ってくるね」「何時に来るの?」「3時頃来るよ」

「行っていいよ。仕事だから。電気消していって」

「まぶしいの?分った。又来るね」

  15時
   「お母さん!」と入って行くと急に泣き出した。「どうしたの?」

「良かった、久美子が来て」「ご飯は下の人が炊いてくれたらしいよ」

「家へ帰ろうよ。病気じゃないから」「病気だよ」「何と言う病気?」

「脳梗塞」「エー!そうなのー」

「今日は久美子に会えないかと思ったから良かった」

   「何時頃行くの?車が迎えに来るの?」「どこに行くの?」「病院」

「ここは病院だよ」「行かなくていいんだよ」「アーソー、何と言う病院?」

「何時もの病院だよ」「アーそうなの」


10月21日  

  8時

   部屋に入って行ったら、看護師さんがかたずけていた。

「今、ご飯をいらない、いらないと全部ひっくり返しちゃったんですよ。

......すぐ 片づけますから、すみません」
いいえ、こちらこそすみませんです。


   「ベットを倒して上げるね・・・少し寝た方がいいね」

「昨日も寝ていないの」「そう、おやすみ」「夕方来るの?」

「うん夕方来るよ」「待っている」

  18時
   食事中だった。顔を合わせると情けない顔をしていた。

看護師さんに「食べさせてもらえますか」と言われたので、食べさせた。

     中々食べないので、「食べないとおうちに帰れないよ。帰りたいでしょ?」

それから少しは食べたが殆ど残してしまった。

「眩しい」と言ったのでラベンダーのアイピローをして、帰った。

10月22日  

  19時

   部屋に入るとベットの位置が変わっていた。

先生がみえて「お母さんが手で台の上のテレビや荷物をひっくり返してしまうから、

手が届かないところに移動した」という事だった。

「イヤイヤ」と言って家に帰りたいと言っている。

10月25日  

  9時

   食事中だった。足の点滴を自分で外してしまってベットがびしょびしょに濡れていた。

昨日は食事をひっくり返してしまった。

こんなことをするのには本人はちゃんとした理由があるのだろうな。

例えばトイレに行こうと思い邪魔な点滴を外した・・・とか。


   食事を私が食べさせたが食べないので、持ってきためんたいふりかけを掛けたら少し食べた。

   しゃべる言葉がだんだん力が無くなっている。ほとんど何をしゃべっているのか解らない。

「疲れちゃったー」「疲れたら休みな、いいよ」「今日お風呂に入るんだって?良かったね」

「お風呂に入ると風邪をひいちゃう」「大丈夫だよ、ここは温かいから」「ソー」

「家に帰りたい」

「ここは病院だから治してから帰ろうね」「エッ!?」と言いながら周りを見回して

「サー行こう、行こう」「どこへ行くの?」「・・・・・・・・?」

「美容院へ行こうか?」「ねー」「帰ろう」「たまには温泉に行こう?」

「病気が治ってから行こうね」「何の病気?」脳梗塞」「えー?脳梗塞」

「家でゆっくりしよう?」

  17時
   「お母さん、今日お風呂に入った?」「ウンウン」とうなずく。「気持ち良かったでしょう」

「ウンウン」

顔も穏やかだ。余り話はしない。時々目をつむっている。


 10月26日  

   9時

   「お早よー」目をつむっていたので、何回か 「お早よー」と言っていたら目を開けた。

「お母さんどうおー」と聞くと口を開けてしゃべろうとするのだが声にならない。

 食事は食べないようだ。又、目をつむってしまった。
    どこか苦しいような、胸が苦しいような、手を所載なく動かしている。

 枕をあっちこっちに移動したり、「アー」とため息をついたり、手が身体のあっちこっちを
 
    触っている。
「アー・ネ・ム・イ」「寝むかったら寝なね」

  14時
   院長先生のお話があると言う事で2時に来た。

母は気もち良さそうに寝ていたので起こさないでおいた。

     先生に「家に帰りたいと言うならリハビリの有る施設に入った方がいいのではないか」

といわれたので、29日に移る事にした。

リハビリをしたり、少しはリクレーションがあるのでいいのかなと思う。


10月27日  

  8時

   部屋に入ると点滴の棒が引っ張られて倒れていた。

最近このような行動が多くなった。言う事を聞いてもらえないと困っていた。

  「久美子もう死にたい」

    「あさって退院してリハビリの出来る施設に行くよ。良くなったら家に帰ろうね」

    「嬉しいわ。わかった」


 10月28日 
 
  8時

   「おはよー」と声をかけたが寝ている。とても気持ちよさそうなので起こさなかった。

どんな夢を見ているのかな。

  13時

目が覚めていた。あくびばかりしている。

   何かしゃべるのだが、何をしゃべっているのか解らない。



 10月29日  

  9時

   今日は病院を退院してリハビリが出来る施設み入所する。

昨日、パジャマや靴下等の可愛い温かそうな物を買った。

今日それに着替えて、お迎えの車に乗り入所した。個室でとてもきれいなところだ。

ここでレクレーションをしたりリハビリをしたりして、元気になったら家に連れて帰りたい。


 10月31日 

  13時

   施設に温かい肌着を持ってきた。

部屋に入ったら気持ちよさそうに寝ていた。身体も温かいので寒くはないと思う。

   日曜日なので、スタッフがいなく、どんな様子か聞けないのが残念。

「お母さん!」といくら起こしても起きない。少し薄眼を開けるのだが又寝てしまう

もう話せないのだろうか


   何回か起こしたら目を覚ましたので「お茶を飲む?」と聞いたら「ウン」

   といってとろみ茶を飲んだ。

「アー」とか声を出していたが、眠いと言って又寝てしまった。


11月3日  

  10時

   今朝は目を覚ましていた。「お早よー」と入って行くと目をまん丸くして

「アー良かった、今日会えるとは思わなかった」。食事も水分も少ししか摂らないようだ。


11月6日 

   13時

 部屋に入って行くと、私の顔を見ると険しい顔をして何か叫んだ。

 大きな声で「早く行って」「早くやってあげて」「早く行く」「なんでもいいから」
   
   
「誰か・・・・・・早くしなさい」「エー」

食事は余り食べないと言っていた。

「足が痛いよー」「みんな待っている」「もう私は嫌だ」「もういや!」

「私は誰だかわかる?」首を横に振って「知らない」と言った。


   民謡のCDを掛けてみた。目を見張って「アー」という顔で聞いていた。

そのうち「止めて、止めて」というので止めた。

「花笠音頭がいい」と言ったので、「歌い出しはどういうの?」と言うと

母は「チャチャチャン、チャチャチャン、目出た目出ーたーのー」歌い出した。

     「ヤダー歌えるじゃない。たいしたもんだねー」嬉しくて思わず笑ってしまいまった。

   
   「お腹痛いよー」
「今日で私終わりー」「今日で終わりー」

「痛いーよ」「今日で終わりー」

食事も水分もあまり摂っていないので今日はお風呂は止めましょうと言われた。

身体を拭いてパジャマも着替えさせると言うのでラベンダーで拭いてもらうように頼んだ。

終わるまで部屋の外で待っていたが、大きな声で「痛いよー」という声が聞こえた。


   今思えば、この時は床ずれの出来始めで一番痛い時だったのかなと思う。

着替えが終わり部屋に入ると、疲れたのか、目をつむっていた。

 又明日来るねといってそっと部屋を出た。


11月7日  

  15時

   今日は静かにベットに横になっていた。「お母さんーどうおー?」と聞くと静かに目を開けた

昨日あんなに険しい顔をして「痛いよー」と言っていたのが嘘みたい。


   床ずれと痛みどめのオイルを持ってきた。

(キャリヤーオイル10mlにラベンダー2滴、カモミール1滴、ペパーミント1滴)

お尻の床ずれの場所には何か貼ってあったので、はがして迄オイルを塗ることが

   出来なかったので
おむつを換えるときに塗ってほしいとお願いをした。

すやすやと気持ちよさそうに寝ている。今は幸せだね・・・・
   こうやって少しずつ命の火が弱くなって行くんだね。

もう私の事も解らなくなって、心のつらさも無くなって、一日一日穏やかに過ごされればいい

お母さんの安らかな顔を見て・・・・又来るからね・・

後で思う事は食事が取れなくなるという事は、各細胞に栄養がいかなくなり、治癒力もなくなり、

  肌の再生ができなくなるのだと言う事になるのだ。

  そうなれば床ずれは必ず出来る。出来てからお医者様に治療して頂くと、

....個人ではその部分は触りに

  くくなる。


  そうなる前に、寝たきりになれば、遅かれ早かれ床ずれになると言う事を意識して、

  床ずれがまだ出来る前から
尾てい骨のお尻周りに、床ずれ用のオイルでマッサージをした方が

  良いと言う事が解った。


  精油の細胞成長作用(ラベンダー)と麻酔作用(ペパーミント)と保湿効果(カモミール)が

  働き、マッサージする
事により血液が流れ、床ずれのかなりの予防になる。



  足の部分も痛い痛いと言うので見ると触れている部分に床ずれが出来、

  ひどい所はもう白く化膿し始めていた。

その日から、毎日足にオイルを塗り、マッサージをしていると、だんだん乾燥していき、

その内に足は痛いと言わなくなった。

ヘルパーさんも、すごいですねーと感心していた。

お尻の部分も、もっと早くやっていれば痛い思いをさせずに済んだのに。

   これは母が教えてくれたメッセージだと思った。
  

11月12日 
 
 16時

  庭に咲いている菊の花を持ち切れないほど沢山切って持って母の所に行った。

部屋に入ると大きな声で「痛いよ-」と叫んでいた。

その叫びが、何か怒鳴る様だった。


足が冷たいと言うので足のマッサージをした。

  左膝が痛いと言うので膝にオイルを付けて気を入れた
「どうか痛みが取れますよ」

....と願いながら
そのうちに痛いと叫ばなくなり、うとうとしてきた。

「痛くない?」と聞くと「ウン」と言って静かに目をつむった。良かった

  有り難うございます。生きている間はつらくなりませんように。痛くなりませんように。


11月14日  
  16時

  今日はデイサービスの時のお友達がお見舞いに来て下さった。

私は仕事でお会い出来なかったが、きっと変わりようにびっくりなされたのではないかと思う。

有り難うございました。

  部屋に入ると大きな声で「痛いよー」と叫んでいた。叫ぶ元気があったようだ。

   「帰って!頼むから帰って」「何で?」「寒いからー」

   「温かい靴下を買ってきたからはこうね」「その前に痛みどめのオイルを塗ろうね」

   「痛い!」「早く帰りなさい!」「どうして?」

   「早く帰れー!」・・・・・・・こんな言葉を使った事が無いのに・・・・・

   「早く帰れ・・・・・」もう言葉が通じないのかな?・・・・涙

母のこの痛みが取れるなら、できる事ならばモルヒネでもなんでも使って

痛みを取り除きたい。

11月19日  
  16時


   庭から菊の花を切ってきた。皆さんに差し上げるよう事務所に置いてきた。

今日は大きな声で叫んでいなかった。顔が少し小さくなったような気がした。

何か一生懸命喋っていて、突然泣き出した。

目をつむって、気持ちいいねーと言ったが、声も心なしか小さかった。


11月25日  
  13時


  「エーン」「エーン」「まさか私が・・・・・・・」

「エーン、エーン、いやだ、エーン」「良く解ったねここが」

「これからどうすればいいの?エーンエーン」「おかしいよ」

「私はあんまり生きたくないけど。エーン」


   施設にいる人でこんな大きな声で叫んでいる人はいない。皆静かにじっとしている。

じっとしている事が嫌いな母にとっては、今の状況はつらいのだと思う。

それを泣いたり、叫んだりして表しているのだろうか。

  今日はお風呂の日で、車いすに乗せてもらったが「痛い!いたい!」と叫んでいたが、

椅子に座ったら静かになった。


 11月28日  
 13時


  今日はアロマライトとラベンダーオイルを持ってきた。

部屋に入ると、姿が見えないのでどこにいるのかと探したら、ホールで車いすに座って

  眠っていた。
昼食の後、眠ってしまったようだ。

  水ようかんを持ってきたので「食べる?」と聞いたら「イヤイヤ」をした。

    あんなに甘い物が好きなのに。

  部屋の中にラベンダーの香りが広がった。気がついてくれるかな?

寒いと言うので毛布を掛けたら目をつむっていた。

  ベットは床ずれ防止のウオーターベットになっていた。

    冷たい寒い感じがする。これは寝ると寒いのかも知れない。

  ボアーシーツがいいのかも知れない。

  顔の肌がカサカサになっている。あんなにきれいな肌だったのに。モイスチャーオイルを塗った。
    「いいねー」といった。何時もの香りなので安心したのだろうか。

  「寝かせて」というのでスタッフにお願いしてベットに移してもらった。

「帰っていいよ」と言うので今日は帰る事にした。


11月28日  
  13時


   施設から、話があるというので来てみると、入所してから1ケ月過ぎたので

   持ってきた薬が無くなったので病院に行って欲しいという事だった。 

12月3日の11時に行く事にした。その時言われた言葉は「床ずれが出来ました。

この状態では必ず出来ます」という事でした。「アー」という思いだった。

   その後、部屋に入り母の好きなプリンを持ってきたので「食べる」と聞いたら

  「いらない」と言った。



  「隆はどうしてる?」「日曜に来るよ」というと目をまん丸くしてうなずいた。

  「わたしも長い事無いから・・・・」と言っていた。

お尻の床ずれにオイルを塗りたいのだが、触らないでといわれてしまう。

(ここは病院では無いので薬などの治療はしていなかった)

12月7日  
   3日に施設から病院に移った。

当初は翌日に退院し、施設に戻るつもりだったが、食事は毎回スプーン3杯位しか摂らず

水分も足りていない為、衰弱しているので、施設には戻らずこのまま病院にいる事にした。

  結局は点滴で最低限の栄養を入れるのだが・・・・

ババロアのおやつが置いてあったので「食べる」と聞くと「ウン」というので

  1口、口に入れた。
3口位でもういらないとイヤイヤをした。


  「イヤダー」 「イヤダー」と声を出していた。生きているのがつらいんだろうな。

  「お母さん、家に帰りたい?」と聞くと、大きく目を開いて「ウン」とうなずいた。

お正月は家で過ごし、ひ孫たちとも会わせたい。26日退院して在宅介護にしたいと思っている。

12月9日  

 15時

  静かに寝ていた。この時は幸せなんだろうなー。とても穏やかな顔だ。


 12月11日 
 
  13時

   部屋に入ると寝ていた。ラベンダーをアロマライトに垂らしたりして音を立てていたら

   目を覚ました。

「今日はお天気がいいよ・・・・」というとイヤイヤをして「イヤー・イヤ」と

   叫んで又目をつむってしまった。


  「お母さん、おうちに帰ろうね。おうちに帰りたいでしょ?」

「イヤー」「おうちに帰りたくないの?」「ウン」「病院の方がいいいの?」「ウン」

「エーそういなの?」「アラー動くと痛いから?」「ウン」

  「チョコレートゼリーがあるから食べる?」「ウン」「じゃあベットを上げるね」

「美味しそうなチョコレートの香りがするよ」 

3口ぐらい食べたがもういらないと言ったのでとろみ茶を飲ませた。

   又聞いてみた。「お母さんおうちに帰りたい?」

「ウン」あら今度は帰りたいと言った。良かった!

  少し話をしていたら又、目をつむって寝てしまった。寝ていた方が幸せなんだよね。・・・・

  又明日来るからね。



12月12日  
  「口の中が白くなっているから拭くといいね」ティシュで摂ると少し無くなった。

「まさか生きていたとは思わなかった」

  「お母さんの好きなあんこのゼリーだよ。少し食べようか?」「ウン」

一口口に入れて「美味しいでしょう」「ウン」「ここどこ?」

「ここは病院だよ」「エー!病院?知らなかったー」

「もう少しで退院するからね」「お茶飲もうか?」

「ウン」

    「寿子は? 寿子はいないの?」「エーン寿子に会いたいよー」


12月13日
   今日はとても暖かい。丁度昼食を食べていた。

相変わらず2~3口ぐらいしか食べず、途中で私が代わり食べさせたが

すぐにイヤイヤをしてしまった

プリンも何口か食べてイヤイヤをして食べなかった。

  「良くここが分ったねー」「ウン分ったよ」


  点滴の栄養維持液が入っているから何とかもっているのだろう。

    これを止めたら生きて行くのが難しくなるだろう。

    それでも生きて行かなければいけないのだろうか?

    今は生きている事が苦痛になっているのに。

  手の甲が点滴でかなりむくんでしまった。むくみ用のオイルでマッサージをしていたら

  眠ってしまった。


 12月14日
   「お母さんおやつがきてるよ。食べる?」いやいやをして「いらない」と言った。

「何も食べたくない。いやだーエーン」


   何がつらくて悲しい顔で叫んでいるのだろう。何を言っているのか解らない。

こんなつらい気持ちなのに点滴で生きていていいのだろうか?


   家へ連れて帰りたいと言うのは私のエゴだろうか?

 本人はこのつらい状態から抜け出たいのに。

   お母さんが一番嫌だという状況になってしまったね。

   院長先生がみえたので「この点滴で栄養を入れている事に疑問を感じているんだー」

と話したら「それじゃ病院に置いておけないよ」と言われた。それはそーだよねー。

   緩和ケアー、在宅医療というものがある。

 治らないなら、つらい治療、延命治療はしたくないという考えだ。

   母は九一歳。自力で食事をし、栄養に変える事はもう出来ない。

胃ろう(胃に穴をあけ栄養を入れる事)は最初からお断りをしていた。

延命医療の件は、母が元気なうちから話し合っていた。

何人もの友達が胃から食事を入れているのを見ている母は、自分の時は

  そこまでしないでくれと言われていた。



    母は意識はしっかりある。点滴の栄養だけで命をつなげている、という事はどうなんだろう。

    もうこれより良くならないのなら、家につれて帰りたい。残り少ない時間を

  母と共に過ごしたい。



    心も身体も暖かくしてあげたい。連れて帰ると言う事は、いずれ自然死を迎える

  という事を覚悟して!


  「お母さん、家に帰りたい?」と聞くと、大きく目を開いて「ウン」と力強くうなずいた。


12月17日   

  19時

   26日退院予定を20日にした。

「お母さん、月曜日に退院をして家に帰ろうね。うれしい?」

「嬉しいー」「そう、良かった」「美味しい物を沢山食べようね」

  「ベットも今日来ていたから何時でも大丈夫だよ。良かったね」


12月20日
   今日退院して家に帰って来た。

12時にヘルパーさんが来てくれ、ベビーフードとかきの葉茶にとろみを付けて

,,,,,食べさせてくれた。

かきの葉茶は美味しい美味しいと飲んでいた。これは家で何時も飲んでいたものね。


  母がヘルパーさんに「歯が無いのよー」と口に手を当てて笑って話したそうだ。すごーい、元気

顔の表情が全然違う、やはり家に帰ってきたのが良かったんだと思った。よかった・・・・

  沢山の薬を持って帰ったが安眠剤以外は飲まなくてもいいと思った。


  在宅介護をしたいといっても、私は現実には仕事におわれ、決まった時間に食事介助が

  出来ないので
食事はへルパーさんにお願いした。

  病院での食事はほとんどミキサーでドロドロにした物が出ていた。

    これを家で作る事は出来ないと思っていたが、ベビーフードの事を思い付いた。

そーだ、ベビーフードがある。これが有れば家で介護が出来ると、在宅介護に踏み切れたのだ。

今時のベビーフードはとても美味しく、種類も沢山で驚いてしまった。

ヘルパーさんの看護記録  
   12時~12時30分
    10時頃に退院して自宅に帰ってこられた。穏やかにはりの有る顔で出迎えて
    下さいました。


    体位交換はとても痛いと言い、顔をしかめていました。
    かきの葉茶は、美味しいと言いながら5~6口召し上がりました。

   17時30分~18時
    にこにこと笑みがあり、表情も豊かです。オレンジュースをとろみにして少し
    飲む事が出来ました。


    クッションを入れ替え、おむつを見させて頂きました。
   「痛い!」と大声で言い、お元気な声でした



12月21日
   今日は訪問看護師さんがみえて、床ずれの処置をしてもらった。

   お尻の中心部は化膿してもう穴があいていた。これでは痛いわけだ。

   精油入りのソープ(無添加安心ハンドソープ)で洗浄をお願いして、その後薬を付けて頂いた

本人は「痛いー」「痛いー」と大きな声で叫んでいた。

その後、足にも床ずれ用のオイルを付けて、マッサージをした

  (床ずれの部分はそっと塗るだけです)



   1回だけ、1回だけと人差し指を立てて言うので「何が」と聞いたら「た・ら・こ」といった

(母はたらこが大好物で、生焼でそれも大きくて太いのが大好き)

  「エーたらこが食べたいの?」と聞くと「ウン」というので「それなら早く言ってよ。

太くておいしいたらこがあるよ」と言い、ほぐして口に中に入れてあげた。

「美味しい、美味しい」と食べたがそのうちにしょっぱいと言いだしたので

「今晩お粥に混ぜて食べようね。楽しみにして居てね」とお茶を飲ませた。

    大きな声を出したから疲れたのだろうか目をつむってしまった。

  夜11時ごろ眠剤を飲ませようとしたが、いらないと言ったので1時ごろもう

一度部屋に行ったらしっかり目を開けていたので「眠くなる薬飲もうか?」

うなずいたのでとろみ茶を作って飲ませた。おやすみなさい

ヘルパーさんの看護記録
   8時~8時30分
   挨拶をすると、おはようと返事をして下さり、お話もして下さいます。
   手、顔を拭くと、痛いとおっしゃいますが、とても穏やかな笑顔です。

   12時~12時30分

   「有り難う」「これ取って」「もういらない」と、とてもはっきりと大きな声で
   主張しています。


   眠りたいとおっしゃり、終わるとすぐに目を閉じ寝ていらっしゃいました。

   17時30分~18時
   とても大きな声で「イヤー」「イヤー」と叫んでおられました。

   身体に障られるのがいやらしく、ちょっと近づくと「痛ーいい」「イヤー」と
   おっしゃっておられました。


   電気を消して帰ってくれと言われたのですが、つけて帰ります



12月22日
  朝5時ごろは昨日の薬がまだ効いているのか、良く寝ていた。

     8時頃ヘルパーさんが来て食事をさせてくれたが相変わらず2~3口しか食べない。

今日は越谷のスクールなので、帰りが5時頃になってしまうが、看護師さんがみえるので

  床ずれの処置をしてもらう


  夜の八時頃痛い、痛いと盛んに言っている。床ずれが痛いのだろう。

身体の向きを変えたがまだ痛がっている。

痛みはなくならないのだろうか?少し早いが眠剤を飲ませよう。

  空に向かって「お母さん、お母さん」と何回も何回も呼んでいる。

そのうちに眠くなったのか、だんだん眠りに入いった。時々痛いよーと言いながら

上を指さしてハッパ(アッパ?)がいる。ハッパ(アッパ?)と言うがなんだか

  分からない。安眠剤を飲ませた。



 ヘルパーさんの看護記録

   8時~8時30分
   口腔ケアを始めは、とても嫌なご様子でしたが、何回かするとさっぱりしたお顔の
   表情をされていました。

   お食事も、少しづつですが食べられました。


   12時~12時30分
   訪問時、声がけをすると起きて下さいました。
   かきの葉茶がお好きと言う事でおつくりして「柿の葉茶飲みましょうね」
   と声がけすると明るい表情になりました。


   17時30分~18時

   日中よりも目を閉じている時間が長いが、お返事はきちんとして下さいました。
   御食事の量は昼間より少なかったです



12月24日   7時
   目が覚めていた「お母ーさーん」と言っていた。私の顔を見て「お母ーさん」というので      
   眠ってしまった。もう少し遅くなってから眠剤は飲ませよう。


 ヘルパーさんの看護記録
   8 時~8 時30 分
   しっかりと目を見て話して下さいます。
   もういらないと何口も口にしておられませんでした。

   うごかすと「痛い、痛い」とおっしゃられましたが、クッションを入れました。
     尿に白濁液(たんの様なもの)がまじっていました。
   
   12時~12時30分     
      カテーテルなのですが、排尿を訴えられたのでおむつを開け、
   確認しパットのみ交換しました。


   果汁よりも水のみでとろみを付けた白湯のほうをこのんで口を開けて下さいました。

   口の中、乾いてしまっています。周りと内側(少し)タオルで拭きましたが
   それ以上はあけて頂けませんでした。舌にコケのような付着物有り。

  
17時30分~18時
  昨日はとても大きなお声でしたが今日はすこしお元気がない様です。


 12月23日   
  「イヤダー・イヤダー」

「お母さん、お母さん、連れて行かないで」

「イヤダ、イヤダー、死ぬのはイヤダー」
   「別れるのがイヤダー」

     「だれと別れるのが嫌なの?」

「わたしと別れるのが嫌なの?」

  「ウン」又寝てしまった。


   目を覚ましたら又 「イヤダー・イヤダー、別れるのがイヤダー」

「だれと別れるのが嫌なの?」私を指さした。「わたしと別れるのが嫌なの?」

     「ウン」「お腹が痛い」

「あらあらそれじゃおなかをさするからね」そのうち又眠ってしまった。

  22時
   九時に眠剤を飲ませようと来たが、まだ眠っているので10時に部屋に行った。

   を覚まして何かしゃべっている

   いやいやをしながら「行かない、行かない」と言っていた

 上を指さしてハッパ(アッパ?)がいる。ハッパ(アッパ?)と言うが

   なんだか分からない。安眠剤を飲ませた。


 ヘルパーさんの看護記録
   8時~8時30分
   口腔ケアを始めは、とても嫌なご様子でしたが、何回かするとさっぱりした
   お顔の表情をされていました。

   お食事も、少しづつですが食べられました。


   12時~12 時30分
   訪問時、声がけをすると起きて下さいました。

   かきの葉茶がお好きと言う事でおつくりして「柿の葉茶飲みましょうね」
   と声がけすると明るい表情になりました。


   17時30分~18時

   日中よりも目を閉じている時間が長いが、お返事はきちんとして下さいました。
   御食事の量は昼間より少なかったです



 12月24日 
  
  7時

   目が覚めていた「お母ーさーん」と言っていた。私の顔を見て「お母ーさん」というので

     「私は誰?」と聞くと「お母さん」と答えた。

   アイスクリーム食べる?というと「ウン」とうなずいたので口に入れた。

   美味しいと言いながら
何口も食べた。よかった。今日はXmasイブだね。


 ヘルパーさんの看護記録
   8時
   柿の葉茶を水口で進めたところ、少しむせてしまい、苦しくなってしまいました。 

   とろみはたくさん付けたのですが、その後はもういらないと拒否されてしまいました。
   「早く帰れ」と、ずっとおっしゃっていました。

   12時~12時30分
   今日は訪問前にアイスクリームを5口食べたとの事。
   たらこのお粥をおいしいと言って召しあがりました。
   布団をとってくれと言うのでケア中は、布団は掛けませんでした。

   17時30分~18時

   口の中が渇いている状態だったので、食事の前後に口腔ケアをしました。
   「有り難う」と声を出して言って下さいました。
   娘様の顔を見て、笑みがこぼれました。顔色、皮膚、ツヤツヤしています

12月25日
  ヘルパーさんの看護記録
   8 時~8 時30 分
   今日はあまり召し上がらないで様で首を横に振られて1口位しか召し上が   
//////らないので
口を水で湿らせて差し上げました。

   12時~12時30分
   訪問時、声がけをすると、「いやあ、いやあ」と首を横に振り何回もされていました。
   でもお食事はスプーンをさしだすと口を開けて下さり、
......ゆっくりのペースで食べられました。

   特に果汁を召し上がると「甘い」と話され完食されました。

   17時30分~18時

      訪問時起きておられました。
   顔を見るとうなずかれました。
   口腔ケアはすこし嫌がりましたがとてもスムーズに行えました。


12月26日
   今日は隆と西村さんが来てくれた。あんなに隆に会いたいといっていたのに、
   解らないようだ。

それでも「それじゃ帰るね」というと涙を出したそうだ。解ったのかな?

 ヘルパーさんの看護記録
   8時~8時30分
   尿量100ccでしたが、ベットの頭の方を上げたら、腹圧が掛ったからでしょうか

      沢山出てきました。昨夜、沢山お水を飲まれたとの事(娘様より)

   今朝も水分は沢山口にされました。口腔ケアの方も上手に口を開けて下さいました。
   帰り際にも「水」との事でさらに10口ほど飲みました。

   12時~12時30分
   今日は訪問前にアイスと柿の葉茶を沢山めしあがったとの事。
     体調、顔色良好。表情も有り、お話が出来そうな雰囲気でした。
   鼻の辺りがかゆいのか、何度もご自分でかいていました。
   口腔ケアも少し嫌がりながらも出来、終わると綺麗になった事が嬉しいのか
   ニコニコしていらっしゃいました。


   17時30分~18時

   顔をのぞくと、力強く目を開き、じっと見つめ「ベットを上に上げてくれと」と
   指さしました。


   何か言いたくて、目をきょろきょろさせていますが、どうしてもわからず・・・・・
   幸子様は悲しそうでした。終わりごろもう一度水が飲みたいと、5口ほど飲みました。


 12月27日
   眉毛を八の字にし、ネコが鳴いているよう声で何か言っているのだが解らない。

上に向けてしゃべっている。うなずいたり、いやいやしたり、指さしたり。

何かみえるのだろうか、盛んにいやいやをしている。

  「爪が伸びたから切ろうね。刺繍をするから何時も短く切っていたものね」

そんな事を話しかけていたら今度は私の顔を見て、それから又空に向かって

  何かおしゃべりをし始めた。

夕方訪問看護師さんから電話があり、床ずれがひどくなって膿がたくさん出来ているので、

熱が出るかも知れないと言う事だった。

  六時ごろアイスを持って行き、食べる?と聞くとうなずいたので食べさせたが

  何時ものように美味しいねーとは
言わなかった。量も何時もより少なかった。

    昨日とは少しずつ違ってくるね。
 

ヘルパーさんの看護記録
   8時~8時30分
   目を開けておられ、うなずいて下さいます。

   「痛い、痛い」と言っておられましたが、食後すぐに目を閉じておられました。

   12時~12時30分
   訪問時、訪問看護さんがおられて帰る所でした。
   顔色が赤味を帯び、お返事して下さいます。
   オレンジジュースですよと言いますと、口を開けて下さり召し上がっていただきました。


17時30分~18時
   顔が少し赤く、うとうとなさっていました。
   口が渇くのかお茶とジュースを美味しそうに召し上がりました。
   訪問看護さんから、床ずれがひどく、うんでいるので熱が出るかも知れないとの事


 12月28日
   朝、昼と食事は相変わらず2口位だ最近余り喋らず、ずっと私の目を見ている。

   顔や手をさすっていると目をとじている。ご近所のご夫婦がお見舞いに来て下さった。

「解りますか?」と聞いて「ウン」とうなずいていた。

最近まで、カラオケでデュエットをしてもらって楽しんだね。

  夜薬を飲ませに行くと目が違っていた。どんよりしている。

  これが生気が無いという事なのだろうか。


    もしかして、魂はここにいないで、おばあちゃんの所に行っているのかな?

水を飲ませるときに水が少し気管に入ったのかせき込むのだが、力が無くて咳が出来ない。

  苦しそう。ごめんね。
そのうち眠ってしまった。

  ヘルパーさんの看護記録
   8時~8時30分
   訪問しましたら、大きな声を出されていましたので、「お早うございます」
   と言いましたらうなずいて下さいました。

   食事も1口でいらないと言っていました。すぐ眠ってしまいました。

   12時~12時三30
子です。声を出されて何かお話されているのですが、
      答えられなかったのでご本人はもどかしい顔をなさっておられました。

   17時30分~18時
   元気な声で何か叫んでおられました。
   お茶を差し上げたら、ごくごくお飲みになりました。

   お粥はいやいやとくちを結んでしまいました。

12月29日
  今日はヘルパーさん3回。訪看さん1回。往診1回と忙しかった。

床ずれがひどく大きな穴になっている。毎日せっけんで洗浄して綺麗にし、

  薬を付けてガーゼで抑えて置くのだが
次の日それをはがすと、流れるように

  膿が出てくる。食べていないので、皮膚の再生が出来なくますます大きくなる。   


    毎日処置を行うたびに痛い!いたい!と言うが最近は声にもならない。

    このごろ寝ている時は、口を開けて目も半開きになっている。

  私のほっぺと母のほっぺを合わせて赤ちゃんのように「うーん」とほおずりすると

    なんだか嬉しいのかうなずいている。

    お正月1日と2日はヘルパーさんも訪看さんも休みだ。

  食事はさせられるが私では床ずれの処置が出来ない。


    往診の先生が「出来なければ病院に連れてきなさい」と言われたが、どうしよう。

※お正月の1日と2日は訪看さんが休みなので床ずれの処置は出来ないので病院に
  つれて行くしか無いかな?

  動かすとこんなにいたがるし、寒いし、せっかくお正月を自宅でと思っていたのに

  もしかしたら体力が持たないかもしれないし・・・・・

 31日になったら考えようと思っていたのだが・・・・・・・・・・

翌日の30日に逝った母は、私の心配を解って最後まで私の事を考えてくれたのかな?

  と後で思った。


ヘルパーさんの看護記録
   8時~8時30分
   しっかりとうなずいておられました。
   白湯をスプーンよりすすっておれらます。
   のみ込みが少し弱く感じられ、ゆっくりと飲んでおられました。

   12時~12時30分
   少し喉に痰がからんでおり、飲み込みにくい様です。
   せき込んでおられます。
   17時30分~18時
   首を左右に激しくふっておられました。声をかけたらキョトンと天井を見   ておられます。
   お茶でむせて飲み込むのが大変そうです

12月30日   
   いつもは5時に目が覚めるのだが今日は6時50分ごろ目が覚めた。

「おはよー」と母の部屋に入って「お母さん!」と呼びかけた。

  アレ!目を開けない。何回も何回もゆすっても答えなかった。
   口元に手を当てたが息をしていない。

覚悟はしていたがやはり少し動転している。深呼吸をした。

とりあえず自分の洋服をパジャマから着替えただけですぐ救急車を呼んだ。

それからバタバタとし、今、母と一緒に無言の帰宅となった。

お母さん良かったね。やっと楽になったね。とてもきれいで安らかな顔。

美人は最後まで美人だねー。

  夕方4時を過ぎたころ「あっ、お母さんがデイサービスから帰ってくる時間だ」
  笑いながら「ただいまー、ああー楽しかった」と帰って来る気がする。

 

今までと同じように、毎朝「お母さんお早う」と部屋に入る。

お線香をあげて、顔の上の白い生地を外し、少し話をする。

生きていた時と変わらない。

さみしさ、哀しみを感じたのは、お通夜の為に遺体が式場に移動したときだ。

もう身体は無い。そう思った時涙があふれた。

  今思う事は、母はまるで私の為にベストマッチで全て素晴らしいタイミングで事を

  起こしてくれている。

長かったような、短かったような3カ月だった。

これは、笑ったり涙を流したりして色々思い出しながら書き終わった。

素敵な事を沢山教えてくれた母。

心から「有り難う」。

お母さん、もう天国に着きましたか?


後述

 3か月前までは元気でいた母が脳梗塞で倒れ、あれよあれよという間に変わって行きました。

 最初は左半身が麻痺し喋れなくなったので、ノートとペンで筆談を始めましたのですが

 だんだん回復し喋れるようになってきました。

そのうちに面白い事を言うので、使わなくなったノートに何となく言った事を書き留めて行きました。

読み返してみるとそんな事も言ったなと思いだしますが、みんな忘れてしまう事なのですね。

 

 アロマテラピーを仕事としているので、できる限りの事をしたかったのですが、床ずれに関しては

とても残念で悲しい思いをしました。知らなかったのです。床ずれは寝たきりになるからだけではなく

食べられなくなると起こると言う事を。もし知っていたら、食べられなくなった時

まだできていない時、毎日オイルでお尻の部分をマッサージしたのに。

高齢化社会で、いずれは誰でも、介護という役目をする時が来ると思います。

その時にアロマ介護を思い出して、少しでも幸せな時間が過ごせる事を願いながら

 有り難うございました