気功は信じる必要は有りませんよ。

なぜなら
第1に、もし「気功は信じない」と公言される場合は、気功の場に行かなければいいのでは   ないかと思います。例えば、占いを信じていない人は、占いには行きませんよね。


第2に「信じられないけど試しにのぞいてみたい」という方も行かなければいいと思います
  お互いに時間の無駄だと思います。

  もっと切実に気功を必要とされている方はたくさんおられます。  
  気功師ヒーラーも切実に必要とされる方に時間とエネルギーを割きたいと考えるでしょ  う。人生に無駄して良い時間などありませんので。



第3に、「信じる」という言葉は宗教の言葉です。科学の言葉ではありません。

  宗教は意図的に「信」と「不信」の間をぐるぐると悩ませます。
   宗教は「信と不信」という思考の無限ループを脳にプログラミングします。
  そのことで貴重な脳の資源を無駄に使わせます。

  もし「気功を信じる」と考えれば、同じループにはまります。

気功は信じる必要はありません。
気功の定義は、単なる科学技術になります。

気功を使ってみて効果を自分で判定すれば良いと思います。

誰も「携帯電話を信じる」とは言いません。「洗濯機を信じる」とも言いません。
飛行機が空を飛ぶことを「信じている」人ばかりではありません。


気功も電化製品も飛行機も科学技術です。

信じる必要ななく、使ってみればいいと思います。

もちろん、気功師ヒーラーとして、パワーをつけたいと思うときに「気の存在をリアルに確信する」ことは重要です。これは言い換えれば臨場感です。

信じていないものに臨場感が持てない、という人もいます。

でも少し考えてみれば、それはおかしなことです。
小説や映画を読んだり見ることを考えてみましょう。


フィクションと分かっていても、手に汗を握り、涙を流します。
その臨場感はどこから来るのでしょう。


それは脳のカラクリから来ます。

脳は我々が思っているように物理的現実世界にしか臨場感を抱かないわけではありません。

脳は自分がリアルだと思うことをリアルだと認識するのです。


小説世界をリアルだと思えば(そう思わない限り、楽しめません)、脳は小説世界をリアルだと感じ、臨場感を持つのです。

物理的に実在しないものに臨場感を持つことは日常的なことです。

気功は信じる必要はなく、使ってみてその臨場感の中で、自分に有効な部分だけを便利に活用すればいいと思います。もちろん切実に必要とする人だけが使えばいいことです。

まといのば参照